明治37年、最上桔華(1)

 雨が降っている。
 しとしとと、細い雨が降っている。初夏の鈍い湿気が地面の近くに靄の裾を広げている。行き交かう人も無く、穏やかな細い雨の線は、音も無く土を濡らし、小さな水面を揺らしている。

 桔華は、道の脇にある小さなお堂の軒下で途方に暮れていた。庇は長く拵えておらず、雨は小降りといえど、おもむろに桔華の着物を濡らしており、先ほどから水気を含んだ袂から直に雨の冷たさを感じている。
 替えの着物が一枚と、それから発句用の雑記帳三冊と雑誌を包んでいる手荷物は、水分を含んで随分ずっしりと重みを増している。避けきれない水滴は先っぽの方から体温を奪い、草履の先は地面の土の泥濘に沈む。ずるりと落ちそうになった荷物を抱えなおし、桔華は一度、鼻を啜った。

 梅雨時の雨が降り止むことは無く、次第に辺りは夕闇に沈み始めた。まだ明るいうちにと、水に濡れた地図を開いて、次の街までの道程を確認する。田名部を立ったのが昼前。大湊の要港部を左手に眺めながら、天然の入り江に巡洋艦が一隻、停泊しているのを見、左手に陸奥湾を望みながら城ヶ沢の集落を抜けた。
 最後に民家を見たのが約一時間前。野辺地を過ぎてから、田名部を過ぎる頃までは正面に見えていた釜臥という山を背にして、下北半島の鉞の刃を、西に向かって進んでいる。1時間ほど前からぽつぽつと雨が落ち始めた。程無くして、海から沸くようなにび色の雲が空を覆い、たちまち辺りが真っ暗になった。せめて雨宿りする場所でもと先を急いだが、城ヶ沢を過ぎてからというもの、民家の一つも見当たらない。赤蝦夷松に囲まれた街道の一本道を西に進みながら、山手にようやく小さなの仏堂を見つけた。ぴしゃりと雷が鳴り、雨足が強くなった。桔華は荷物を胸に抱えなおして堂内の観音像に手を合わせ、くるりと振り返って海を対面した。そんな状態で二時間が経つ。雨足は弱まり、細く落ちているが、空には厚い雲が張り詰めたまま、海も鈍く、どどおと波を鳴らしている。

 温度が下がり始める。日没の時間までわずかだ。

 こうなれば、引き返すことも出来そうにない。鼠色の雲と海の境界線の辺りで、薄くなっている雲間から、地平線に太陽の橙が沈み行くのが見えた。桔華の視界の中で、橙が濃藍に食われていく。橙がそれと気付かぬうちに、濃藍がゆるゆると犯していく。その身のすべてを濃藍に赦した橙が海の底深く陶酔の休息に付くと、深い藍が地上に降り始めた。翌朝には立場が逆転する夫婦のような空の駆け引きを眺めながら、桔華の体はずるりとそこに落ちた。結び目がさかさまになった荷物が水溜りに浸った。
 もう三日、何も食べていない。
 水は、飲んだ。大湊を抜けたところ宇曽利というところがあって、小川が流れていた。手ですくってその水を飲んだが、鉄の味がした。海の水よりはマシだと思って、もう少し飲もうとしたが、体が受け付けずに吐き出してしまった。

 体が重い。腹は、減っていないわけではないが、それよりも水が飲みたい。
 初夏といえど、日の落ちたこの季節は肌寒い。ここが本州最北の半島であれば、尚のことだ。
 桔華は、自分の呼吸が深くなっていくのが分かった。大事な発句帳を水没させるわけにはいかないが、一度力が抜けた体は桔華の言うことをきいてくれない。とうとう体を起こしていられなくなって、ぬかるんだ地面へその身を横たえてしまった。地面についた右肩から腰から着物が濡れ、その水温を感じた。体温の低下と共に、意識が朦朧としてくる。
 
 
 だめかもしれない。

 
 桔華はやり残したことや会いたかった人など二つ三つ思い浮かべたが、四つも思いだす前に考えることをやめた。
 どうせ死ぬのだ。思いを巡らせたところでどうしようもない。


 まあいい。それも人生だ。


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
web拍手 by FC2

明治37年、最上桔華(2)

*****


 歌詠みの師である祖母、北条桜花の言いつけで、桔華は三年程前から全国各地を放浪している。生まれ育った京都を出たのは、桔華にとって初めてのことだった。

 北条家は、元武家であった。桜花は、本名を廉という。文政十二年の生まれで、十五歳で北条家の嫡男、彦江に嫁いだ。彦江は二十歳のときに家督を継ぎ、武道はからきしだが書を好み、画を描いた。画号を「華王」と称した。

 彦江は自らの屋敷の一室を同好の知人に開放した。多くは彦江と同様に画(主に文人画)を紙に起こしたりして
いたが、同時に国学に通じていたり、文楽の脚本を任されていたり、漢詩を読むものもいたりして、型枠に捕らわれない話が飛び交った。八畳二部屋の襖を取り払った彦江の「サロン」は、様々なジャンルの本が隅々に積み上げられ、彼らが書き散らした論文であるとか、画であるとか、そういう若者たちの好奇心が常に雑多と散らばっていた。廉は亭主の友人らに茶菓子を出したり、絵の具の色を作ったりして世話を焼いていたし、廉の父が朱子学の幕府御用役を務めていたから、時勢を鑑みんとする男たちの論戦にど真ん中から切り込んで論破したりした。おまけに器量もよかったから、彼らにえらく、評判がいい。夫婦仲もよく、四男一女を生んだ。末の男の子と女の子は、五歳になる前に流行り病で死んだ。
 
 先代桜花は、このサロンに顔を出している若い俳人の、兄という人だった。彦江はこの若い俳人をひどく愛していて、野菜を貰えば廉に家まで届けさせ、二日俳人の顔を見なければ、やはり廉に様子を見に行かせた。兄弟の居ない彦江は、初めてできた弟のように、若い俳人思っていたに違いない。廉も同じように考えていたから、かれの屋敷に足繁く通いつめた。かれは公家の傍系の血筋を引く家柄の次男で、嫡男として育てられた。その兄は生来病
弱で、1日のほとんどを床の上で過ごしていた。彼は三十路を目前にしていたが、驚くほど肌が白い男で、女のように長い髪を後ろ手束ね、その体を通う血液の脈動を肉眼で確認できるほど薄い皮膚が、骨にひたりついているというふうな姿をしていた。
 
 廉がはじめて兄と対面したのは、二人目の子の四十九日を終えたばかりの頃だった。先代は谷という姓に「桜花」の名を名乗っていた。
 
 弟は時流にのって俳句を好んだが、兄はそれがほとんどかれのすべてという一室で、色とりどりの和歌を詠んでいた。廉はこの兄が三十二歳で他界するまで、かれに歌を学んだ。廉は学んだというよりも、春は梅、夏は菖蒲の話などして、かれの感性に自分の気持ちを寄り添わせた。それが廉に自然に歌を詠ませた。兄は死ぬ前に「桜花」の名を廉に譲る旨を弟に伝えた。廉は先代の死に立ち会わなかった。夫彦江とともに弔問に訪れ、血の通わない桜花の頬に石楠花の切り花を添えたとき、廉はようやく自分の気持ちに気がついた。恋をしたのは生まれて初めてだった。
 

 彦江は、幕軍として戊辰戦争に参加し、函館で死んだ。
 二十五歳となった長男もまた、上野で彰義隊士として戦死した。


 北条の家は、次男が継ぎ、三男を婿養子に出した。やがて新政府に武士の階級を剥奪されると、次男は秩禄処分で得た資金を元手に人に言われるままに土地を買い上げて不動産などを始めた。しかし上手く行かず、政府が奨励する台湾の殖産政策に乗る形で日本を離れた。次男はそこで、同じような理由で渡台していた日本人の華族の子女と結婚し、三男をもうけた。時勢が台湾から朝鮮半島へ関心が移ると時期を同じくして、北条一家は日本に帰国した。十年ほどの異国生活だった。明治も二十年を過ぎた頃には、北条の家はかつての勢いを完全に失っていた。没落武士は北条のほかにも履いて捨てるほど各地に溢れていて、かつての被支配階級から容赦なく冷笑された。
 
 日本に戻ってくると、廉は自らの歌をまとめ、自費出版を始めた。これが、あたった。地元の新聞社が廉に月例選歌を任せると、新聞の発行部数が増えたりした。紙上で廉は「北条桜花」を名乗った。桜花はその原稿料で、北条の家をまかなった。彼女はまた、八畳二部屋を開放して、桜花を慕う歌人たちの創作の場を提供した。北条の家は、いつかそうだったように若者の声が響き渡るようになった。
 
 婿養子に出された廉の三男は、最上公爵家の長女を妻としている。
 この夫婦には、女の子ばかり四人生まれた。
 四姉妹の末っ子が、桔華である。三人の姉とは母親が違う。最上公爵の長女を母とするのが、三人の姉。桔華は最上の家に奉公していた若い女中に、廉の三男が生ませた娘だった。


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
web拍手 by FC2

明治37年、最上桔華(3)

 女中が亭主の子を身篭ったと知った最上家の長女は、その女を最上の家から追放した。
 女中は、実家である萩の小さな農家で、桔華を生んだ。桔華は生まれてすぐ「菊」と名付けられた。
 程なくして、女中はコロリで死んだ。菊は父親に引き取られることになった。

 最上の使いに手を引かれ、桔華は雪深い地面に小さな足跡を残しながら山科までのみちを歩いていた。
 頬がほんのりと赤く染まり、白い息が空気に滲んだ。今まで身につけたことも無いような綸子地の振袖に、朱色に染め抜かれた一目落ちの鹿の子絞り。梅や紅葉、竹などを染め抜いた丸帯に、絞りの帯揚げ。べっこうの髪留で髪を高く結い上げ、胸元には鶯の飾りの付いた箱せこ。若草色のコート。初めてのおしろいを頬にのせ、小さく紅を引いた。はらはらと粉雪が舞っていた。母が死に、年老いた祖父母にも「父無し子」と蔑まれ、子供心に途方に暮れていたところに、父を名乗る人が自分を引き取ると言って来た。見知らぬ人、見知らぬ土地。言いようの無い不安に、菊は手を引く最上の使いに顔を向けた。彼女は菊を省みることはなかった。飾り下駄が雪を踏みしめる音だけが白いみちに響いていた。桔華は視線を斜め前に落として、黙々と歩みを進めた。

 塀が続いた。
 しばらくして門が見えたが、その隣に小さく設えてある勝手口から敷地に入った。
 雪を落とし、コートを脱ぐと、奥の座敷に通された。二十畳ほどもあろうかという部屋に菊を一人残して、「ここで待つように」と言い残し、使いの女は去ってしまった。菊は冷え切った両手に息を吹きかけ、ぎゅっと拳を握った。着物が皺にならないよう膝下を押さえながら、座敷の下手側に膝を折った。火鉢も無いので、慣れない一張羅に体を締め上げられている菊の体はすぐに冷えた。屋敷の中は物音一つしなかった。静かに降り積もる雪が、自らの存在を主張するために、すべての音を飲み込んで消してしまっているのかしらと菊は思った。

 三十分も経ったころ、廊下のほうからするすると足摺が聞こえて、菊は顔を上げた。
 からりと障子が開いて、父という人が顔を出した。若い顔であったが鼻の下に髭を生やしていて、驚いたような、しかしその中に困惑とわずかな蔑みを含んだ顔を菊に向けた。菊は父の顔を初めて見た。お互いに言葉も無く、ただ漠然と不安や戸惑いといったものを素直に顔に出しているという点で、二人は間違いなく父子だった。

「話は聞いとりますね」

 抑揚の無い女の声だった。最上公爵家の一人娘であり、今日から菊の義母となる女が、父の後ろから進み出た。

「あんたは今日から『桔華』を名乗りなさい。卑しくもこの最上の娘になるのですから相応の振る舞いを心得るよう」

 義母は、最上の家に仕えながら亭主と不貞を働いた女の面影をこの五歳の娘に見出しているらしく、上から刺すような視線を菊に一つ浴びせると、くるりと踵を返して足早にその場を立ち去った。婿養子に迎えられている父は、妻に頭が上がらない上に弁解の仕様も無く、「そういうことだ」と、娘の顔も見ずに自分に言い聞かせるように呟くと、それ以上桔華に言葉をかけることもせず、妻の後を追ったのだった。障子は開け放たれたまま、吹き込む雪が畳の端を白く染めた。どうやらここにも自分の居場所は無いようだと菊は思った。それは絶望では無くて、住むところと自分を取り巻く人間の顔が変わったというだけで、菊にとっては今までと何も変わらないの生活が続くのだというただそれだけの事実だった。

 ともかく、この日より菊は「桔華」となった。
 
 三人の姉たちは上から八重、玉津、朔子という。
 八重とは十歳、玉津とは六歳年が離れていた。朔子とは生まれた年は一緒だが、数ヶ月彼女の方が早く生まれた。
 
 八重は義母によく似ていた。自分が最上家の長女であることを何よりも誇りに思っていて、それが彼女の存在意義ですらあった。桔華が朝、箒で庭を掃いていると、長廊下を滑るように八重が渡ってくる。着物の折り目はいつも正しく、背中をすっと伸ばし、一文字に口元を結んでいる。桔華は箒を動かす手を止めて、八重に朝の挨拶をする。すると八重は桔華の前でぴたりと止まって、高い位置から桔華を見下ろし、たっぷりと間をおいて、

「ご苦労様です」

 と愛想の無い声を掛ける。それは妹に向けられた労いではなく、使用人に掛けられるべき形式的な感情が内包されている。
 次女の玉津は、面倒見よく、柔らかな雰囲気を持つ娘である。天気のいい昼は「ああ、今日はふわふわした雲が浮かんどるなあ。あてもあの雲のようにふわふわとお空に浮かべたらなあ」などと言いながら、縁側で体をゆらゆらさせたりしている。

「なあ、そう思わんかえ、桔華」

 この次女は女学校での成績も飛びぬけて優れていて、最上の家の中でも桔華に比較的理解を示してくれた。こうしてたわいも無い話を投げかけているが、この娘の心は特に桔華に関心を向けているわけではない。「何事も長女を優先」する家への反発が、その小さな胸の底に渦巻いている。書を好み、漢詩を読み、器量も八重よりも優れている自負はある。だが玉津がその才能をどんなに周囲に認めさせようと、最上の期待が彼女に向けられることは無い。それが玉津の何よりのコンプレックスとなっている。

 桔華が最上の家に来てから一年たったころ、父の本家である北条一家が台湾から帰国した。
 彼らはほとんど一文無しの状態で、北条家は最上家から生活費などの援助を受けることになった。

 梅のつぼみに雪解けの滴が煌めく三月、北条家の当主であり、廉の次男である男は、最上の屋敷で自分の弟夫婦に頭を下げている。
 
 桔華も、雰囲気で事情を理解している。八重が細い眉をいつもよりもさらに吊り上げて、「元士族ともあろうものが、人様に頭を下げるなんて」「追い返してしまいなさい」と言いながら、例の滑るような足運びで自室に引き上げていった。桔華はたすきがけで炊事場の上がり床をごしごしと拭いている。玉津は膝を抱えて桔華の様子などを眺めながらゆらゆらを体を揺らしていたが、目だけで姉の背中を追い、そしてこともなげに再び足元に視線を戻して、またゆらゆらと揺れ始めた。

「そういえば朔子、どこいったんやろ」

 三女の朔子は、まるで掴むことのできない空気のように、ひとところに留まるということがない。
 小さな白い顔に葡萄のような大きな黒い瞳がくるりと二つ付いていて、その瞳に何が写っているというのか、桔華をじっと見つめては、桔華がそれに気がついて朔子に顔を向けると、にっこりと笑ってくるりとその場を去っていく。同じ戊寅の生まれであるにもかかわらず、朔子と桔華にはお互いに重なり合うものが無い。その掴みどころの無さは実の姉にすら心の内を覗かせない、彼女の生まれ持った神秘性に由来している。

 その朔子が、台所の勝手口から姿を見せた。
 左手で、自分と同じくらいの年端の、男の子の手を引いていた。

 朔子は、その場で玉津と桔華の顔を交互に見て、そしてにっこりと笑った。

「北条さんとこの、古月や。仲良くしたって」

 それが、桔華と古月の初めての対面だった。


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
web拍手 by FC2

明治37年、最上桔華(4)

 北条古月は廉の次男の三男で、このとき八歳。桔華より二つ、年長である。
 中国模様の紺の紬を身につけているが、その袖や裾はよく見ると擦り切れていて、着丈も成長期の彼には少し短くなっていた。ほとんど坊主に近い髪は短く切りそろえられていて、大きな目が恐れることも無く、ぎょろりと玉津と桔華を捉えた。

「お父(とん)はどこや」

 初対面の二人に挨拶をすることも無く、さらに自分の父が金の無心をしている家の人間であることを気に掛ける様子も無く、曇りの無い目できりりと見据えて、よく通る声でそう言った。

「うちの前で、『お父どこや』って大声を出していたから、連れてきたんよ」
「おらへんなら、探しに行く」

 古月は朔子の手を払おうとした。朔子はそれを許さなかった。

「お待ちいな。玉津と桔華に挨拶しい?」

 朔子が古月にそう促すと、古月はそれに抗うような目を向けて、そして奥の二人に頭だけで礼をした。それで古月は去ろうとしたが、納得のいっていないらしい朔子が、促した視線のまま、古月を逃さない。

「子供の出る幕やあらしまへん。ここで大人しくしときいや」

 玉津がそういうと、古月はかっと、大声を出した。

「お父がこんなことしはったら、ばあちゃんが肩身の狭い思いをするだけや。こないアホなこと、わいがやめさせちゃる」

 八歳の少年が、言うのである。
 結局その後、古月は父と弟夫妻の会合に飛び込んで「わいが北条を養えるくらい働きますさかい、最上の家からの援助は不要や」とのたもうたが、聞き入れてもらえなかった。古月の後を追ってきた玉津や朔子に取り押さえられて、座敷から引きずり出された。朔子はどうにもこのことがおかしいらしく、始終笑っている。神妙な話をしていたはずの古月の父は恥を上塗りされて真っ青になっていたし、弟夫妻はこの台湾帰りの甥に呆れるやら豪胆に感心するやらで、金を無心される側の蟠りを少し軽くしたようだった。こんなことがあっても周囲から温かい目を持って迎えられる古月は、今後かれが生きていくうえで、生まれ持った天性ともいうべき人徳をもって、かれと関わる人たちを惹きつけていった。

 廉が「桜花」を名乗って歌壇をにぎわせ始めるには、もう少し時間が要る。
 とにかくこのころは自作を捻り、選び抜き、分類し、そして歌論を述べ、それを書写している。自作の句の短冊をカードのようにして部屋中に広げて、歌論を書きかけた半紙や、庭の植物を写生したりしたものがあたり狭しと広がっていた。
 
 廉の長男は日雇いで大工の仕事に従事しており、昼間は家に居ない。嫁が家中のことをして、長男は旧制中学、次男と古月は尋常小学校に通っている。

 古月は通学前と下校後に、東山にある豆腐屋の手伝いに行く。父の収入だけではまだ家族を養える状態ではなく、かといって、これ以上最上にも頭を下げられない。そういうことを強く思っているのは三男の古月だけであって、もと武家の子息である父も母も、そして古月の上の二人の兄も、生活の貧しさを自分の力で抜け出すという発想が無い。金などは足りなくなればどこからか支給されるものと思っているふしがある。

 古月はそれがいやでたまらない。
 自尊心を持ちつつも生活のために人に頭を下げる父をみて、古月は吐き気を催すほどの嫌悪感を覚えていた。自分はそんな男になりたくない。早朝の刺すような大寒の中で、冷水に手をつっこんで大豆の籾殻をふるい落とす網をゆさゆさと揺すりながら、それでもあんな思いよりはマシだ、と古月は思っている。

 十歳になる頃、桔華も最上の子女として女学校に通いながら、朝と夜の飯支度を手伝うようになった。
 なので、下校時に通り道である豆腐屋で、一丁購入する。そこで店番をしているが、古月である。

「もう少ししたら、大豆をぎょうさん買うて、わいの店をもつんや」

 かれの話によれば、この店は仕入れの効率がよくないのだという。
 
「大豆は年中使うねんけど、使う分しか問屋から卸されへん。腐るからや。だけど年中使うものなのに、少しづつ、そのときに一番安い問屋から仕入れんのは、賢いように見えて実はそうではおまへん。卸す問屋を一つに決めて、ぎょうさん仕入れさせる。数が多いから、安くしとくれと言えるんや。余った大豆は、醤油にする。醤油は作っておいても温度に気をつけて蔵で管理すれば長持ちするから、豆腐でも醤油でも儲けることが出来る。利益が二倍になる」

 少年の心の中には、大豆をどう仕入れるかといった業者への指示や、作った醤油を保存するための蔵の構造、ものを運ぶ貿易船の航海の軌跡まで描かれている。古月の夢は、彼が尋常小学校を卒業するとほぼ同時に、実現した。しかし今はまだ、その夢を胸に秘めたまま、北条家の家計を支えるために冷水に手を突っ込む生活を続けなければならない。 

「なあ桔華、すまんが、ちょっと待っててくれへんか」

 たらいに二寸ばかりの豆腐を入れながら、古月は言った。
 長い横日が指している。桔華は夕餉の支度の時間を頭の中で試算しながら、この時間までに帰れれば大丈夫と、古月の帰りを待つことにした。 


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
web拍手 by FC2

明治37年、最上桔華(5)

 桔華は、東山にある北条家に連れてこられた。
 北条家の塀越しに、何人もの若い声が聞こえてきた。日没までもう幾時間も無い。

 このころの廉は、地元新聞に掲載した歌の評判がよく、月一歌壇の選者なども勤めていた。先日、連載した歌論や和歌をまとめて本を出さないかと新聞社の文芸担当から持ちかけられ、その編集作業を行っている。

 北条の屋敷は、住民が異国に渡っていたために、江戸以来の広大な屋敷が荒れ放題となっていたが、ここ一年くらい廉が安定した収入を得るようになって、最近ようやく雨漏りなどがしない程度の改築を行い、人並みの外見にはなった。それでも、爵位持ちの最上の家と比肩するような程度ではなく、廉は桔華たち四姉妹の祖母にあたるが、山科と東山というそう離れていないところに居を構えているにもかかわらず、正月を除いてほとんどお互いの家を行き来するということが無い。

「だから言うたやろ。金の貸し借りなんかするから、お互い気まずくなるんや」

 北条の門の前で、敷地内に入るのをためらった桔華が「久しぶりだから」というのを聞くなり、古月は桔華から半ば奪うように豆腐の入ったたらいを預かる。「自分のばあちゃん家やろ。もっと孫の顔見せんと、年寄りから先に死ぬんやで!」そうして古月は玄関の正面に回らず、庭のほうへ回ったらしかった。見失ってはいけないと、桔華もその背中を追った。

 廉の部屋は庭に向かって開け放たれていていた。縁側には二人の男が腰掛けており、お互いに歌を詠みあっているようだった。一人は、庭の銀杏を丹念に眺めていて、時々何かを思い出したように帳面に書き付けている。部屋の中でゆったりと文机に向かって筆を動かしているのが廉。その後ろで、書き散らしたものをかき集めている若い女性が居る。同じように本などを並べているひときわ若い少女が、玉津だった。

 庭は、雑多としている。
 六畳ほどの広さに、背の高い草が生い茂っていて、廉の部屋から見える唯一の木が銀杏の大木。ごつごつした木肌に緑の蔦が巻きついている。銀杏の実が地面に落ちているが、その付近には廉が山から取ってきたというカタクリやイチリンソウなどの山野草が不規則に植えられ、小さな花が寄り集まって一角をなしている。シダが大きな葉を右へ左へ主張していて、春になればその隙間からスイセンやタイツリソウが庭に色彩を与える。人工的な区画を一切拵えることなく、岩もそこに置きっぱなし、草もそこに生えっぱなし。廉はそのもののもつ一番自然な形に、人間としてのあり方だとか、ものごとの趣といったものを見出している。

「帰りました」

 古月が大きな声を上げると、縁側の二人がぱっと明るい表情をこちらに向けた。顔見知りらしい古月はその男に坊主頭をぐりぐりとこねられた。たらいから零れそうな豆腐を乱暴に(それはあくまで桔華から見た感じだが)そこに置くと、草履を後ろ足でほおって縁側に上がった。かと思うと、畳の縁を踏むことなく座敷に上がり、廉の前に正座すると、両手を揃え「ただいま帰りました」床に頭をつけた。

「おかえりなさい。桔華、よく来ました。さあこちらにおいで」

 玉津がちらりとこちらを向いたが、ふいと振り返ると、また本などを手に取り始めた。桔華は祖母の前で正座をして、礼をした。
 廉は自分の書き物などを一通り終わらせたところで桔華に体を向けた。御年六十になる廉は、小さな体に柔らかな微笑を湛えて桔華に相対する。

「見ての通りなのです。人手が足りない。手を貸してくれないか」

 桜花先生、それでは私たちは物の数になっていないのですか!と縁側から声がして、二人は顔を見合わせてはははと笑いあっていた。廉はそちらにも笑みひとつを返して、再び桔華の顔を真正面から見た。桔華も廉の顔をこのようにじっくりと眺めたのは初めてだった。最上の家でも父と義母は桔華にとっては逆らうことの出来ない絶対的な存在で、その母となるとまた、雲上のひとのような感さえする。「そう構えないで。ほら古月、お茶でも用意して頂戴」と、廉は言った。古月は廉に一つ礼をして、部屋を出て行った。
 桔華は近くに落ちている短冊を拾った。美濃漉の若草の和紙に、廉の繊細で流麗な筆文字が躍る。


 とつくにの御山のぼりて やまと路のわが夫(つま)の背や 追ふや追われぬ


 前文には、「戊辰ノ役ニテ没セシ夫ヲ想ヒテ」とある。
 廉は、自分の夫が戦争で死んだと知らせを受け、いてもたっても居られずに近くの山に登った。しかし祇園の鐘が鳴り響くばかりで亡き人を偲ぶ何かを見出すことは出来なかった。
 それから何年も後に、廉は遠く台湾の地で、ふらりと近くの丘を訪れる。標高三百メートルもない低い山で、頂に足を踏み入れると、すっぱりと視界が広がった。

 ああ、こうしてあの人も、私のことを思い出してくれたのだろうか。

 夫の見えない背中を追っているのは自分だけだと思っていた。
 遠く、函館の地で上陸してくる薩長軍を高地で見据えながら、かれも廉の面影を追っていたのかもしれない。

 異国の地にあるという心境と、夫を亡くしてから過ぎた月日が、廉にこの歌を詠ませた。当時の撰者にその月の天位を授けられ、「瓦解ノ日ハトオクナリニケリ、然シ『やまと路』重シ」と評された。異国にあって日本を思い「やまと」としたが、それは天平の時代に唐の国に渡った文人たちが表現して初めて成功するのであって、今の時代ではあまりに飾り気が過ぎる、というのだ。折りしもこの時期、中央では正岡子規が俳諧に「写実性」を見出していて、この地元紙の撰者もそれに傾倒しての評したのであろう。

「お前なら、『やまと』をどうする」

 一通りの説明などをして、廉は桔華に問うた。桔華も、この歌が新聞に掲載されたものを読んでいて、その意図すべきところをすぐに理解した。確かに綺麗過ぎる、と桔華は思う。亡き人を偲ぶ思いをやまとくにの美しさになぞらえるのは、古今集の御世から行われていることだ。私たちが彼らの歌を詠むときに、古代のやまとくにの緑豊かな憧憬をその脳裏に美しく描きながら情景を読み取るので、嫌が応にも歌に受ける印象が、素材が素朴であってもきらびやかになる。「やまと」にはそんな危うさがある。この歌の主題は、追っていたはずの亡き夫の背は、実は自分を追っていたかもしれない背だったのだ、と思い至る歌い手の気付きにある。ならばいっそ、それを歌の真中に据えればいい。


 夫の背や 追うや追われぬとつくにの 御山のぼりて雁の音をきく


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
web拍手 by FC2

明治37年、最上桔華(6)

 ふうむ、と相槌を打ったのは、縁側に座る二人の右側のほう。中背中肉、若いのに鼻の下に髭を蓄えている。
 名を吉瀬、という。年は三十。京都帝大で法律を学んだ後、できて間もない地元の新聞社で記者になった。折りしもこの時期は初期議会開設に向けて、全国の壮士たちが大同団結運動などを盛り上げていたから、その方面に詳しい吉瀬は、遊軍のなかでも重宝がられた。
 吉瀬の上司に当たる、編集局長の片山という男が廉の才能を見出した。吉瀬はいわば片山と廉のパイプ役などをこなしているうちに、自らも廉に発句の機智を請うようになった。その吉瀬が、桔華の発句に「ふうむ」という。

「雁は、大陸の風景に不似合いではないか。いかにも内地といった風だが」

 雁という鳥が、朴訥な田園に広がる日本風景などを思い出すから、異国の地で高地に立ち、眼下に広がる風景が田園風景ではこの作者の描く風景になじまない、と吉瀬はいう。私ならば、といってすらすらと手持ちの帳面に何かを書き付け、廉はその風景をにこにこと眺めている。


 とつくにや 遠くなりける君が背の 追ふや追はれぬ 大陸の風


 会場が、沸いた。吉瀬はいたってまじめである。廉もこらえきれずに下を向いているし、桔華はこの年長の男の純情に、返すべき言葉を探して目を泳がせる。庭で銀杏をじっと見ている男も振り返り、嘲笑の視線を吉瀬に送る。このおとこは、自分が一流の大学を出ているというのにそれを鼻にかけることも無く、素直に間違いを認めるから、誰にも愛されている。

「吉瀬はん、『異国の地』を引っ張る割には、大陸の認識にずれがあるやろ。作者がいたのは、満洲とちゃいます、台湾よ」

 玉津がその場のすべてひとの言葉を代弁した。吉瀬はああそうか、と心の底から納得しているようで、自身は再び、廉の歌に自分なりの表現を練りこもうとしているようだ。向かいの男が、吉瀬に横槍を入れている。玉津が桔華の手の中にある短冊を覗き込んだ。ふうん、とひとつ呟いて、玉津が呟く。


 君の背に 追ふや追はれぬ 在りし日の己が身返りて 鶯の鳴く


「ねえ桜花先生、作者は大切な人を失ってから多くの時間がたってしまったことを詠みたかったんよね。だったら、内地も台湾も関係あらへんやろ」

 玉津は、女学校の授業で和歌を習って以来、祖母の元を出入りしている。この才女は古今集などを好んで読んでいるから、王朝文化の流麗繊細で雅やかな作風を好む。
 廉はそんな孫娘二人のやり取りを優しげな眼差しで見つめている。桔華、玉津に、吉瀬の歌を交えて、その批評会が始まった。盛り上がる縁側の後ろから、古月が茶を盆に載せてやってきた。廉は古月に視線をひとつ送ると、口元を綻ばせた。古月は自分の感情の照れを押し隠すようにむっすりと口を一文字に結んでいる。
 行き交う声の間から、桔華は廉と古月の様子を伺っていた。

 なぜ自分がよばれたのかしら。

 桔華はその理由も聞かせられぬまま、仲間と共に廉の下で歌の教養を受けることとなった。



 ***** 



 頭上で若い女の声が聞こえている。

「あとどれくらいかの!」
「二十分!」

 意識の遠くからひっぱり出されるように体中の感覚が蘇ってきた。昨日の冷え冷えとした空気ではなく、穏やかな日差しの暖かさを肌に感じていた。がたがたと体が揺れている。どうやら馬車の荷台に乗せられている。
 ざざん、と海が鳴った。その瞬間に木々が晴れて、陽の光が差し込んできた。
 
「晴れてよかったの!」
「よかったです!」

 さっきよりも鮮明に、女の言葉を聞いた。潮の香りがする。うっすらと目を開くと、遠ざかっていく風景の中に赤蝦夷松の街道の向こうに白い波の満ち引きが見えた。ウミネコの高い鳴き声が聞こえる。
 がったん、と地面のでこぼこを車輪が乗り越えた。桔華は尻を強かに打ちつけ、「う」、と声を上げた。

「気がつきましたか」

 見上げた蒼穹の中に、柔らかな瞳を細める若い女の顔がのぞいた。化粧気の無い顔、ほつれた黒い髪が潮風になびいている。懐っこい口元の右側に小さな笑窪があった。
 話す声がよく聞こえない。女の好意は理解できたが、いまいち言葉を理解できず、桔華は朦朧とした表情を女に向けたままでいる。とりあえず助けてもらったらしいので、礼を言おうと桔華が口を開くと、それより先に女が顔を上げた。

「気がついたよ!」
「よかったです!」

 女の呼びかけに、さっきと同じ調子で、御者の声が返ってくる。
 がらがらと馬車は進んでいる。話す声も聞こえないので自然と叫び声になる。


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
web拍手 by FC2

明治37年、最上桔華(7)

 *****


 川内村は、本州の北端、下北半島はまさかりの「刃」部分の中間地点に位置している。明治二十二年に桧川、宿野部、蠣崎ら三村と合併し、現在の川内村となった。人口は約四六〇〇。集落は海に沿うように四村、川内から山に向かって銀杏木、畑、安部城、湯野川の各集落が連なっている。古くは清和源氏の流れを汲む蠣崎氏がそこを根城にしていた。大地が畑作に適しておらず、飢饉が出れば多くの餓死者が出た。なので山に入ってはマタギが動物を仕留め、海へ出ては猟師がたくさんのタラをとったりして生業とした。
 半島の内陸には大量のヒバを保有している。集落の大部分は海に面しているから、古くから漁業や海運が盛んで、切り出した天然の材木を上方に送り出したりした。そんな地理的な要因もあって、青森の大きな商業都市である南部領八戸や津軽領弘前とはその文化の色合いが違う。かの町よりも、北廻船を通じて交易のあった上方や、アイヌ、蝦夷地といった遠方の文化が色濃く息づいている。
 隣接している田名部には、明治維新の折に会津藩が移り住んで、斗南藩を名乗った。近年ではその斗南の子孫が川内流れてきているものもある。先祖以来川内に居住しているものの他にも、会津の血を引くもののほか、アイヌのマタギ、各地の商人の血縁をもつものたちが、ここに商圏を築いている。


 *****


 女は、和泉晴子と名乗った。
 
 ごとごとと馬車の荷台に揺られている。穏やかな日差しに、どこまでものんびりとした雲が、点々と快晴の空に広がっている。桔華は半分夢心地のまま、晴子の声を聞いている。

「早朝に田名部の宿を発ちまして、田野沢のお稲荷様の前で休憩をしようと思ったら、あなたが倒れていたのですよ。驚いて声を掛けたのですが、どんなに揺すっても反応が無いものだから、お医者様に看てもらわねばと思って連れてきたのよ。気がついてよかった」

 おおよそ、こんなふうなことを言ったのだと思う。
 半島独特の柔らかな訛りに、ざっくりと意図を解釈しているが、どうにも頭が回らない。うつらうつらと相槌を打っているうちに、晴子の自宅に着いたらしい。がたんと荷台が止まると、晴子が元気よく飛び降りた。
 晴子の家は織物屋を営んでおり、中心商店街に面するように棚子が開いていた。荷車がその店子の前に到着したのはお昼の少し前で、手綱を引いていた男と一緒に重い荷物を降ろし、奥の部屋に運んだ。晴子は御者の男に「お昼を食べていきさい」と声を掛けたが、男は「次がありますんで!」と威勢のいい声を残し、馬に荷車を引かせて帰っていった。
 桔華は体調が優れず、晴子の家に着いてもぐったりとしていた。店の上がり床に腰をかけ、梁に背を預けていると、そのすぐ奥の部屋で晴子はせっせと布団を敷いて、桔華の汚れた身包みを剥がすように取り上げて自分の襦袢を着せた。そして桔華を布団に押し込めると、「ちょっと出掛けてきますから」と言って、せわしなく家を出て行った。

 こちこちと時計の針の音が聞こえている。
 昼過ぎなので、部屋に直接日の光が入ってこない。外よりも少しひんやりとした室内に、開け放たれた障子戸の周辺にだけ、やわく光が下りている。
 寝床から中庭が見えて、そこには桔華の着物と雑記帳が三冊、竿に干してあった。庭に差し込む明るい陽に晒されて、ぽたぽたと雫を落としている。あと、柿の木があった。青い葉の下に、雀が二羽、さえずっている。

 部屋の東側に、神棚があった。
 天井から吊り下げているその神台に、御札が二枚とお神酒、徳利、そして二体のこけし。


 晴子さんには、ご家族はいらっしゃるのかしら。


 この家は、人の気配がしない。気のせいだろうか。思考をめぐらせる前に、茫洋となった。桔華は再び深い眠りに落ちた。そういえば布団で寝たのはいつぶりだろう。


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
web拍手 by FC2

明治37年、最上桔華(8)

 

*****


 まどろみの中に、一つ、黒い背中を見た。

 その背中が何者なのか、自分では分かっているのに思い出せない。手を伸ばしているのに、届かない。自分では必死になってその背中に叫び、呼び止めているのに、背中に手が届くことは無い。それがこちらを振り返ることも無い。背中は桔華から遠ざかることも近づくこともせず、ただふわりと、海面に浮かぶ月のようにそこに揺らめいている。

 流されるままに生きてきた。その何が悪かったのだと思う。
 問いかけるもう一人の自分に、こう応える。「自惚れるな。お前は逃げていただけだ」
 去来する大切なものたちを振り払うことが出来ない。置いてきたはずの過去を掘り返して、惨めな自分を哀れむ、そんな子供じみた考えを嘲笑しているもう一人の自分が、「私には、お前のように過ぎ去った何かを思い出している時間はないんだ」と切り捨てる。

「私はあなたのように強くは生きられないの」

 大切なものすべてを手に入れようとして、そのうちの何か一つでも手に入れることが出来たのか、と彼女が問う。その瞬間に目の前の背中に、手が届いた。桔華がそれを手繰り寄せようとすると、その背中は急に鮮明になった。身の毛もよだつ様な思いを実感として全身に巡らせているうちに、電気のように頭に血が上り、意識が一度途切れた。ああ、またここで目覚めるのだ、と桔華は思った。


 *****


 ひん剥けそうなくらい、見開かれた二つの瞳があった。ゆっくりと瞼を上げた桔華は、その超至近距離の晴子から視線を背けることができず、かといって言葉も見つからず、そのまま濃密な数秒間を過ごした。

「ああよかった。お加減はどう?」

 その大きくて黒い瞳が瞼に沈み、柔らかに細められた目に、例のえくぼが右頬にうかんだ。反射的に桔華は「水をください」と言った。晴子は台所から水桶と手杓を持ってきて、桔華に与えた。桔華は窒息しそうになりながら、その水をむさぼるように飲んだ。
 まだ飲む?とばかりに晴子はにこにこと手杓を桔華に差し出した。桔華はそれを丁重に辞退し、大きく息を吸って、はいた。喉元から腹の奥に、そして臓器のひとつひとつに、きれいな水が浸透していくのが分かった。部屋の奥に、桔華の着物が折り目正しくたまれていて、その上に、ぱりぱりに乾いた雑記長が三冊、乗せられている。

「鉄の味がしない水を久しぶりに飲みました、助けていただいてありがとうございました」
「どうしてあんなところで倒れていたの?ご主人と喧嘩でもしたの」

 晴子は、自分よりも随分若く見える。まだ二十歳を幾分か出たあたりだろう。その晴子の目には自分など、とうに亭主もこどももいる一端の母たる女に見えるのかもしれない。
 事実、桔華は今年、二十七になる。女は十五歳を過ぎれば嫁に行くのが常。そういう意味では、晴子にも亭主がいてよさそうであるが、世も更け、時計の針は八時を過ぎているにも関わらず、その帰宅を待つという風でもない。

「なんにせよ、お家の方に連絡をとらねばなりません。あなたのお名前と、お住まいを教えてくださいまし」

 桔華は返答に窮している。家を出ざるを得ない状況になってしまったとはいえ、祖母には十年ばかり流れて来いと言われて京都を出てきたし、仮に連絡を取るにしても山科から本州の北のはずれまで、どうやっても迎えにこれるものではない。だがこのときも、桔華の体調は優れない。すぐにここを出て旅を続けることも、心もとない。

「しばらくここにおいてはいただけませんか。動けるようになったら、お店などお手伝いいたしますから」
「ここにいるのは一向に構いません。だけど、あなたその体で、御家の方が心配しているでしょう。どこかの良家のお嬢様だとお見受けしますが、ちゃんとご家族とお話して、ゆっくり静養をとるのが一番ですよ」

 晴子に他意はない。桔華は、良家などとんでもないと首を横に振ったが、「江戸紫の美しい紋繻子地に糸の色を変えた丸の花刺繍。これだけ見事な帯を日常使いするなんて」と、織物を商う晴子は言った。当の桔華は、何も聞かされることなくこの帯を祖母より譲り受け、日々大切に使っていたのだった。いいものだとは思っていたが、旅も長くなるにしたがって、「良家の帯」もよく見ると折り目が擦り切れていたりしている。確かに、着物は漫遊のうちに帯より早く傷んで、少ない路銀を切り詰めながら継接ぎをしたりしている。これは、桔華の出自を判断する材料にはなりえない。

「ご心配には及びません、体のほうは、ちょっと休めばすぐによくなりますから」
「ほづないことへってるでね!あんだ、腹ン中のわらすまで死なせでまるべや!」

 その怒気に呼応するように、ぱあん、と畳がなった。晴子は平手打ちした畳に右手をついたまま、己の逆立った感情を素直に体中から放出しているようで、桔華は今まで生きてきた中で、初めて現実の人間に「お不動様」と形容できるものを見た。

 まくし立てられた北国の訛りをゆっくりと咀嚼していくうちに、ようやく一つの事実に辿り着く。

 
 どうやら自分の腹の中には、新たな命が宿っているらしい――。


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
web拍手 by FC2


| ホーム |
Page Top↑
▲ Page Top