桜花往生

kanayano版日本近代史。

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2010/08/12(Thu)

少年と少女

 ***


 賛美歌が聞こえている。

 赤、青、黄色、緑。ステンドグラスが聖母を象り、その腕には神の子が抱かれている。

 正面には、黒い礼服を纏った祭司がいた。祭司は、白い肌に銀色の瞳を宿していた。祭司が何事かつぶやき、神の子が十字架に準えたロザリオをかざした。小さなホールに集まった14,5の村人は、襤褸に身を包み、日に焼けた顔は土にまみれ、祭司に向けた両手は肉刺がつぶれ、赤茶げている。彼らは手を合わせ、見えない何かにすがるよう、声ともいえない声を上げながら、何度も何度もひれ伏しては泣き顔を祭司に向けて、また伏せて、また顔を上げる。

 優艶な薄い煙が、空間を支配している。甘い、饐えた匂いが五感を徐々に蝕んでいく。

 オルガンが、村人たちを導くように鳴いた。

 村人は唸る様な声で、聞こえている賛美歌の後を追っている。細く、気高い天使のような歌声は、正面にいる祭司の、後ろから聞こえている。祭司は跪き、歌い手の左手の甲に口付けた。暗がりの影に、差し出された左手は真珠のように白く、人間の血を宿していないかのような細さだった。その手がやがて村人をいざなうように差し出された。オルガンが空間を劈き、人々は何かに押しつぶされるかのようになだれ落ち、頭の上で手を合わせ、歓喜に震えた。

 『神よ』

 祭司に向かって、村人から言葉が放たれた。それに続くように1人、2人と祭司に言葉を浴びせ始めた。やがてそれが木霊し、合唱となり、賛美歌を打ち消し始める。歌は、まだ続いている。祭司は歌の主をちらと見た。その白い手首が、ゆっくりと持ち上がり、ホールの後方を指差した。「神よ」「神よ」の声はやがて消え、村人は示された後方を振り返る。そこには、白い肌に銀の瞳を宿した、黒髪の少女と、赤髪の少年がうずくまっている。

 「くるな、狂人どもが」

 赤髪の少年が黒髪の少女を庇いながら、そう吐き捨てた。僅かに反応したのは祭司。村人は何も聞こえていないかのように、黒髪の少女に手を伸ばし始めた。

 「神よ」
 「神の子よ」

 少女は目に見えて震え始めた。少女は少年の胸の中で、「I am scared.」「painful…」 と消え入りそうな声で何度も呟いた。少年は「It is not scary. 」と少女に言い聞かせた。彼女を抱く、腕に力がこもる。しかし村人たちはすがるような目で2人に近づき、そしてその赤茶げた手で少女に触れた。少年は壁伝いに少女とともに逃げようとしたが、子供の体力では扉の端までくるのが精一杯だった。黒髪の少女は村人に抱き上げられた。途端に歓声が沸いた。泣き出すものもいた。少年はその場で殴られ、蹴られ、ぜいぜいと肩で息をしていた。少女が少年へ手を伸ばし、助けてほしいとせがむその目を見ることができたが、指を動かすこともできなかった。

 「・・・りょ、く」

 少年の声は神を称える声にかき消され、少女は祭司の下へ差し出された。祭司が怯える少女の左手に口づけをする。影の後ろの白い腕が、やがて人間の女となった。それは、少年と少女の母親でもあった。

 「神よ!」

 村人の意気は盛り上がった。少女は祭司の手を一度振り払ったが、難なく捕らえられ、抱き上げられた。少女は少年の名前を呼びながら、必死に抵抗した。しかし祭司はそれを気にする様子もなく、奥の扉の向こうへ消えていった。

 一度あけられた扉から、妖艶な甘い香りが漂い、それが一層村人を高ぶらせる。

 村人たちは、先ほどは神と崇めていた女に群がり始めた。男も女も、老いも若いも関係なく、その赤茶げた手で、足で、女を嬲っている。彼らの黒い肌に、女の白い肌が嫌に際立っていた。少年は辛うじて意識を保ちながら、女が衣服を剥ぎ取られ、その細い手足を村人に絡めながら高ぶっていく様子を見据えていた。女の嬌声は、賛美歌のように美しかった。

ーーー・・・俺は、お前たちとは違う・・・

 少年は、何度となくこの光景を見ていた。そしてまた、同じように意識を失った。


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作者


Author:kanayano
16歳の時に書いた脚本のエチュードを書き連ねています。
かなやのぶ太名義、私生活ブログはこちら

最新記事

目次

※カテゴリは話数降順に並べておりますので、こちらから入っていただければスクロールでご覧いただけます。

■1、発芽―grow out― (65)
1、最後の恋人 (4)
2、北条古巻 (16)
3、少年と少女 (1)
4、はじまりの業火 (15)
5、月下の惨劇 (1)
6、「傾城傾国」 (28)
■2、着蕾―The bud― (54)
1、孝子、決別 (8)
2、青 (1)
3、吉岡輝也の憂鬱 (20)
4、田園都市、春 (18)
5、大陸の覇者※連載中 (7)
■ 番外『陸奥湾を抱く街』 (59)
1、明治37年、最上桔華 (8)
2、わたしの祖国 (11)
3、陸奥湾を抱く街 (9)
4、祭りのあとに (12)
5、裏切りの祖国 (13)
6、「いのち」 (6)
■番外『仮宿の楔』 (16)
1、奇人二人 (7)
2、「めらんこりあ」※連載中 (9)
読者様から頂いたイラスト (11)
from kanayano (9)

「本編」これまでのお話


<「5、大陸の覇者」登場人物>

伊藤 翔
21歳。幼いころに大陸に移住し、10歳の時に馬賊に家族を殺され、連れ去られた。18歳の時に家族の敵の一族を惨殺。現在は牢屋に投獄されている。支那名は梁文山(リャンウェンシャン)。
梁 生高(リャン シャンカオ)
38歳。父親は馬賊の統率者である「当家」梁続山。3年前、翔に父、母、弟を殺された。現在は周辺の「当家」を束ねる「攬把」。
李 爛華(リ ランホア)
23歳。村の青年。当家の一人。翔が村に連れてこられたころからの友人。
楊 和(ヤン フー)
18歳。字は子杏。爛華と同じく、翔を幼いころから知っており、獄中の彼の世話をしている。未亡人。

■「2、着蕾
大正4(1916)年。火事の中で記憶を失った弟・拓真の力になりたいと、自らも陸軍士官となることを決意した舎人孝子。日清両国の裏取引の対価として来日した吉岡輝也もまた、自らの庇護者である陸軍大将白河川修の計らいで、士官学校に入学する。奇しくも、士官学校予科では性別を偽って入学した孝子――雄一郎と名乗る――と同期であった。(1、孝子、決別
大陸進出を目論む帝国陸軍大佐久坂廣枝と、上海で裏を取り仕切る輝也の母親・仙楽弥が手を組んだ。楽弥の店で働く芸妓、宿禰緑子は、拓真と出会う。緑子は拓真に「また会いましょう」と告げて、その場を後にする。(3、吉岡輝也の憂鬱
大正9(1920)年。当代の人気歌人である最上桜花の下で暮らしている北条古巻。父親の愛人でもある桜花に、素直になれずとも平穏な日々を暮していた。身一つで転がり込んできた朝倉千鶴、桜花が朝鮮人街で助けた孫秀英。桜花と古巻の暮らしにも、新たな仲間が加わった。(4、田園都市、春

「番外」これまでのおはなし


2、「めらんこりあ」 登場人物>

舎人 耕三郎
陸軍大尉。27歳。
北条 古月
会社社長。26歳。会社の規模を大きくすべく、奔走している。
山方 明恵
16歳。美人だがめっぽう弁が立ち、家族から「奇人」と呼ばれている。そのせいで家を出た。
北条 篠
古月の妻。21歳。
北条 由枝
古月・篠の娘。4歳。

■「番外『仮宿の楔』
明治34年、東京。近衛師団に所属する舎人耕三郎大尉は、師団長・白河川修の来訪とともに、自分を訪ねる女の存在を知る。耕三郎を出せと叫ぶ女。そこに、耕三郎を知る商人、北条古月が通りかかる。女に帰れと宣う耕三郎。古月は女――山方朝重を連れて、一先ずその場を退いた。(1、奇人二人

おことわり

※当作品は物語のモチーフを実在の事件、人物に依拠していますが、事実関係は一切ございません。

※一部に暴力、流血、性的表現を伴う記事がございます。記事冒頭に注意書きを添えてありますので、閲覧の際にはご注意ください。

※本文中で中国語、ハングル、英語等の表現がありますが、作者の過小な語学力で作成しているため、ネイティブのものとは大きく異なる場合があります。ご了承ください。

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皇国の黒鷲

黒澤修吾の孫であり、吉岡輝也の甥にあたる、黒澤一臣総理が担う平成日本のかたちとは。緒方順様と共同制作です。


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